伊藤重夫作『踊るミシン』31年の時を飛び越えて、新装版が登場!青版は今だけ!

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ここんところ色んな記事を書いておいて、やっぱり思う。日本人はオタクだ。一昔前では使うことを憚られたこの言葉も今なら難なく発信できる。日本人はオタクだ。そして、情に満ちている。形あるモノへの傾倒、目の前にいる他人さまへの同情。そこに並み居る宗教や文化、外来のものなどは入り込む余地がない。損得ではなしに、周囲を気にせず気の惹かれるままに、それでもって和を以って同好の士を尊ぶ。クラドファンディングとは信用とそれに応える対価で廻っている。それってもしかして凄いことなんじゃないか?

 

「オークションで20,000超え、支援者は100人弱ってホント?」

クラウドファンディングサイトMotion Gallery である漫画の復刊企画が始まりました。漫画の名前は『踊るミシン』といいます。今から数えで31年前に初版が刷られたこの作品は去年まで絶版していて、古本屋界隈でも入手が困難、幻の本と言われていました。

その幻に今、手が届くところまで来たのです。クラウドファンディングは作者から委託された「復刊会」が執り行っています。現在では既に99冊まで需要が伸びています。あとの一冊はこの記事執筆中にどなたかに取られているかもしれませんね。でも、安心してください。新装版印刷につき、在庫切れはありませんので。

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「踊る美少女。飛び回る鳥男。七月の海岸。」

肝心の『踊るミシン』の中身、内容はどのようなものか。端的に言ってしまえば、語れない。これは世間を憚る遠慮、守秘に口をつぐむネタバレ・ダメ絶対というよりも全貌が明らかにならないというのが妥当だろう。

私が調べるたびに画面に呼び起こされるのが各人の感想や解釈である。これがいけない。どこに焦点を当てようと、いやむしろ照準に捉えるほど、『踊るミシン』の概要というものが離れていく気がする。やっと掴んだと思えばそれは残影であったりする。220頁の単行本『踊るミシン』は逃げ水のように刹那的な私の理解から外れていく。

それだから私はこの作品について語る口を持たず、有識者に頼ることをここに許して欲しい。

 

 

”表題作のみ読了。初読で理解できず、二度読んだ。結局理解できなかった。筋は掴めたけど。謎が多すぎる。たとえば「鳥男」。マンガに詳しい知人が元ネタはつげ義春の『無能の人』だって教えてくれたけど、で? だから何? って感じ。でもまあ、理解できる/できないは重要じゃないのかもしれない。絵に力がある。残された者の抒情もある。雰囲気は村上春樹からキザったらしいところを取り去って少女マンガっぽくした感じ。少女マンガっぽいというのは、コマとコマとの断絶とか、急に挿入される独白とかが。妙に惹かれた。何度も読み返したくなる。(引用)”

 

”伊藤重夫「踊るミシン」は掛け値なしに傑作であった。鈴木翁二をもっと洗練したような作風で記憶や断片的なシーンが神戸の西の方の海のある景色とともに性と静と死と詩が織り交ざり綴られる青春の物語。(引用)”

 

『踊るミシン』には、死を巡ってのテーマとさらに自殺が隠ゆとして横たわっているが、描かれた人物たちが表面的には極めて明るく、重苦しさを全く感じさせない。スッと読めば、ごくありふれた :青春叙情詩;なのだ。しかし、そぐだけ削ぎ落とし、選び抜いたコマで構成された伊藤さんの固有の描法に気づけば、描かれなかったコマとコマの間にパックリと虚無の空間が口を開けていることがわかる。その裂け目は、しっかりと描き込まれた垂水という街と海の明るい風景が一見覆い隠しているようでもある。糸野清明「日本文化の最前線13・劇画ニュー・ロマン」 @神戸新聞1987年1月10日)”

一貫しているのは『踊るミシン』という作品には二面性があるということだ。絶対的な解釈・圧倒的な救済などが現実世界では稀にも見られないように。作者の伊藤重雄氏はそのことを深く理解しているのかもしれない。とても日本的で素敵だ。

ちなみにだが、つげ義春氏の『無能の人』が元ネタと評されている「鳥男」だが、実際のところ、一足先に世にでた作品は「鳥男」の方だったりする。両氏とも同夜行誌内にて掲載されたため印象が重なったのかもしれない。けれど、そのことは気にしないでもいいだろう。書評に続くとおり「だから何?でもまあ、理解できる/できないは重要じゃないかもしれない」のだ。誰がどう噛み砕こうが作品の本質は変わらない。非人情に読んで構わない作品。それが伊藤重雄氏の『踊るミシン』の持つ「いとあはれ」なのだ。

 

「読者発信?作者発信?」

『踊るミシン』復刊プロジェクトでは一つの未来を指し示した。(といえば大げさか)

古本を復刊することは実はネット上に幾つか点在している。大きいものでいうと復刊ドットコムというものがあったりする。こちらは一つの出版社であり、リクエストから始まり、製版全体を担っている。

その点、『踊るミシン』復刊会の用いるクラウドファンディング経由の企画では、作者やそれに準じた方々の持ち込みから、プロジェクトを始めることができる。

会社などの団体の柵を超えて、クリエイターとユーザがつながることこそがクラウドファンディングの面白いところだと思う。

 

「終わりに」

クラウドファンディングは作風に合わせてなのか偶然か、今年の夏まで(7・31)まで続いているようです。絶版のためオークションでは確かに20000前後の高値がついていたが、こちらはもっとたやすく求められます。

 

ではここらでまた熱の冷めやらぬ内に。

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